中小企業のAI導入は、どの作業から渡すかで決まる
「AIを使ったほうがいいのは分かっているが、何から手を付ければいいか分からない」。
中小企業の経営者から受ける相談で、これがいちばん多い。たいていの場合、話はツールの比較から始まる。どれが自社に合うのか、有料版はどこまで違うのか。検討としては自然な入り方に見える。
ところが、この順番で始めた会社ほど、半年経っても導入が進んでいない。
ツールの比較から入った会社が止まる理由
理由は、比較の材料がそろっていないことにある。
AIは道具なので、渡す作業が決まっていなければ良し悪しを評価できない。「文章がうまい」「表が読める」と言われても、自社の何に効くのかが分からないまま機能表を眺めることになる。比較しているつもりで、実際には判断の基準を持たないまま時間だけが過ぎる。
導入が進んでいる会社を見ると、ツール選びが上手いわけではなかった。共通しているのは、任せる作業が具体的に決まっていることだった。
「AIで何ができますか」ではなく、「この作業、AIに渡せますか」から入ると、判断が一気に速くなる。
では、渡す作業はどうやって見つけるのか。
1週間、手が止まる作業を書き出す
特別な業務分析は要らない。1週間だけ、次の3つに当てはまる作業をメモしておく。
- 毎回だいたい同じ手順でやっている作業
- 文章を書く、読む、まとめる作業
- 「面倒だな」と感じて後回しにしがちな作業
書き出すと、たいてい10個から20個ほど並ぶ。この一覧がそのまま検討リストになる。
ここで多いのが、いきなり重い作業を選んでしまう失敗である。見積の作成や、顧客ごとの提案の組み立て。効果は大きそうに見える。ただし、こうした作業は判断が混ざっているぶん、出力を検証する手間が大きい。最初の一つには向かない。
最初に渡すのは、やり直しが利く仕事
最初は下書きまでで十分である。実際に始める会社が多いのは、このあたりの作業になる。
- 問い合わせメールへの返信文の下書き
- 打ち合わせメモの要約
- 求人票や案内文のたたき台づくり
- 取引先向けの言い回しへの書き換え
指示の出し方も難しく考えなくていい。この文章を、取引先向けの丁寧な言い回しに直して のように、社内の人に頼むときと同じ言葉で書けば動く。最後に人が目を通す前提なら、多少ずれた出力が返ってきても業務に影響は出ない。
有料版の判断は、使い始めた後でいい
主要なAIサービスには、無料で使える範囲が用意されている。まず無料の範囲で1か月試して、「毎日開くようになった」「無料の上限に当たるようになった」と感じてから有料版を検討しても遅くない。
使う前に契約を決めてしまうと、結局使われないまま費用だけが残ることがある。これは、ツール比較から入った会社が止まるのと同じ構図である。判断の材料が手元にない状態で、先に決めようとしている。
効果は時間で測る
「なんとなく便利になった気がする」で終わると、社内には広がらない。
試す前に、その作業に月どのくらいの時間を使っているかだけ記録しておく。1か月後に同じ作業の時間を測れば、続ける価値があるかどうかを自社の数字で判断できる。
たとえば返信文の作成に月10時間かけていると分かっていれば、1か月後にそれが7時間になったかどうかで判断できる。記録がないと、「速くなった気はするが、続ける理由を人に説明できない」という状態になる。社内に広げるときに、これがそのまま障害になる。
一般的に、文章の下書きのような定型作業ほど時間を短縮しやすく、判断や交渉が絡む仕事ほど効果は出にくい傾向がある。短縮できる時間は業務内容によって大きく変わるので、他社の事例の数字を自社の見込みとして扱わないほうが安全である。
続ける会社と、止まる会社を分けるもの
アカウントを配って終わりにすると、多くの場合は数週間で使われなくなる。
詳しい人である必要はないので、次の役割を1人決めておくと定着しやすい。
- 使い方を試して、うまくいった例を社内に共有する
- 「これは入力してはいけない」という線引きを決める
特に後者は、使い始める前に決めておく。顧客名簿、契約書、見積書といった社外に出せない情報を外部のAIサービスに入力しない。このルールだけは文書にして共有しておきたい。
冒頭の相談に戻る。何から手を付ければいいか分からないのは、選択肢が多すぎるからではない。渡す作業が決まっていないからである。1週間のメモから一つ選んで、やり直しが利くところから渡してみる。判断の材料は、そこで初めて手に入る。
大がかりな仕組みを入れなくても、日々の作業をひとつ渡すところから始められる。
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